「幻の百花双瞳」(陳舜臣)

注目すべきは、師弟の生き方のちがい

「幻の百花双瞳」(陳舜臣)
(「日本文学100年の名作第6巻」)
 新潮文庫

「幻の百花双瞳」(陳舜臣)
(「幻の百花双瞳」)角川文庫

広東生まれの
中華料理人・丁祥道は、
神戸の楊朝堅に弟子入りする。
楊は店主・笵欽誠が
かつて食したという幻の点心
「百花双瞳」の再現と、
それを上回る中華料理の創作に、
密かに情熱を燃やしていた。
しかし戦争のあおりで
店が傾き…。

幻の点心「百花双瞳」とは何か?
「舟形が眼のかたちになって、
まん中にグリーン・ピースの
目玉がある」ことから名付けられたのが
点心「百花鳳眼」。
「双瞳」ですから、
「もう一つよけいに」具材の「目玉」が
あるというものなのです。
それがいったい何なのかを探る、いわば
「料理ミステリ」となっているのです。

【主要登場人物】
「私」(丁祥道)
…語り手。14歳で広州から
 神戸へ渡り、料理店で修行する。
楊朝堅
…神戸での丁の師匠。
 貿易商社・永健公司の食堂料理長。
 幻の点心「百花双瞳」の謎を解き、
 それを上回る点心を
 主人に食させようとする。
楊老人
…広州での丁の師。朝堅の叔父。
范欽誠
…永健公司社長。
 「百花双瞳」を食したことがある。
范宗安
…欽誠の息子。欽誠の後を継ぐ。
恒子…宗安の妻。

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ここで注目したいのは、
師匠・楊と弟子・丁の
生き方考え方のちがいです。
楊は頑固一徹の料理人であり、
言葉ではなく拳骨で弟子を鍛えます。
金儲けや地位名声には
全く興味を示しません。
主人・笵の舌を唸らせることだけに
意識を集中させているのです。
根っからの料理人です。
戦中戦後の混乱期、だから当然、
成功しません。
戦争で主人が店をたたんでからは
腕を振るう場面を奪われます。
最後は博打で負け、九州の料理店に
安値で雇われ、消えていきます。

その一方で、丁は料理人として
広東から修行しにきたにもかかわらず、
料理の道にのめり込まずに
生きていきます。
楊の情熱にふれても「こんなに
のめりこんでいいのだろうか」。
冷静です。
技術が向上しても
「ここからさきは、危ない」。
やはり冷静です。
独立するときも
「私は水ぶくれの大まかな目標で
満足して行ける性格なのだ」。
とことん冷静です。そして
採算第一で堅実な経営を行ったため、
店を軌道に乗せることができたのです。

それでいて、結局
「百花双瞳」の謎を解明し、
それを創り上げるのは丁なのです。
だから幸せなのか?
決してそうではありません。
虚しい結末が控えています。
「私はもう二度と、百花双瞳などを
 つくろうとはしないだろう。
 師匠の火の玉のかけらは、
 もう私の胸で消えてしまった。
 風にとばされない
 重い灰をかぶせられて」

高度経済成長期のただ中・
1969年に誕生した本作品。
戦後の混乱期の悲哀の想い出として
書かれたのか、あるいは
成功を求めて突っ走る都会人への
警鐘として著されたのか。
作者の意図を知りたいところです。

※同じ「日本文学100年の名作」
 第9巻に、料理人を主人公にした
 「ピラニア」(堀江敏幸)という作品が
 収録されています。
 その作品と重ね合わせたとき、
 (料理の世界に限ったことなのかも
 知れませんが)「やはり高望みせず
 ほどほどのところが
 ちょうどいい」という
 諦観のようなものが見えてきます
 (もちろん「ピラニア」は2003年、
 本作は1969年発表であり、
 時代状況は全く異なるのですが)。
 こうした繋がりを見つけていくのも
 読書の楽しみの一つです。
 いろいろな作品を読むたびに、
 さまざまな繋がりが見えてきます。

「日本文学100年の名作第6巻」
 収録作品一覧
1964|片腕 川端康成
1964|空の怪物アグイー 大江健三郎
1965|倉敷の若旦那 司馬遼太郎
1966|おさる日記 和田誠
1967|軽石 木山捷平
1967|ベトナム姐ちゃん 野坂昭如
1968|くだんのはは 小松左京
1969|幻の百花双瞳 陳舜臣
1971|お千代 池波正太郎
1971|蟻の自由 古山高麗雄
1972|球の行方 安岡章太郎
1973|鳥たちの河口 野呂邦暢

「幻の百花双瞳」(角川文庫)
 収録作品一覧
幻の百花双瞳
フラワロード・サンバ
ダーク・チャレンジ
港がらす
神に許しを

(2022.7.28)

Igor OvsyannykovによるPixabayからの画像

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